彼の腕の中でまどろんでいると、珍しく家の電話が鳴った。 零司さんは私の頭を撫でてからリビングへと向う。 ベッドが置いてある場所から電話の位置まではさほど距離があるわけでもない のに、電話の応対をしている零司さんの声が、やたらと遠く聞こえた。 「花澄」 急に声が近くなり、びくりとして顔を上げるといつからそこに居たのか、零司 さんが戻ってきていた。 「ちょっと出かけないか?」 「出かけるって、どこにですか」 身体を起こすと彼が隣に座る。 「俺の実家」 「え?」 話が見えずに彼を見上げると、零司さんは笑った。 「電話の相手は兄貴でさ、実家でパーティーをやってるからたまには顔を出せ っていう内容だったんだよね」 「……え、あ、あの」 パーティーと言われても想像に容易くない。 「行きたくないならいいけど」 「行きたくないとかっていうよりも、私……が、行ってもいいんですか?」 「どういう意味で?」 「その、パーティーとか……馴染みがないですし」 「会社の宴会だって思えばいいよ、実際そんな感じだ」 「あ、そうなんですね」 「それで、どうする?」 「じゃあ、行きます」 宴会だ。 と、零司さんがそう言ったので私のイメージでは会社の新年会やら忘年会やら のそれだった。 ****** 家を出るときは零司さんはカジュアルなシャツにジーンズだったので、本当に 飲み会的な宴会だと思っていたのに、目的地近くのドレスショップで今まで着 た事がないようなドレスに着替えさせられ、零司さんもまたタキシードに着替 え、そのうえそこからは迎えに来ていたと思われるリムジンに乗せられた。 「ぜ、全然、会社の宴会とかじゃないですよね?」 「そう? 似たようなものだよ」 「だ、だって」 「そのドレス、似合ってるね」 広いリムジンの車内で優雅に脚を組みながら彼が言う。 「……似合っているとかの問題ではなくてですね……」 「何かが違うと言ったら服装ぐらいで、飲んだり食べたりする事には変わりな い」 「……」 「大丈夫だよ、嫌ならすぐに帰ればいいんだし」 「でも、お兄さんに呼ばれたんですよね?」 「彼は気まぐれなだけだから、そういう事は気にしないでいい」 「だけど、出席を決めた理由が零司さんにはあるんですよね」 「ああ、おまえのドレス姿が見たいなって、それだけだよ」 くくっと彼は笑った。 スーツを着ている姿は会社で見ているものの、タキシードとなると雰囲気が変 わる。 そしてそれを彼が着こなせているから、余計に落ち着かない気分にさせられた。 自分だけが地面に立たされてない気がして――――。 その落ち着かない気持ちは、会場となっている彼の実家についたら倍増する事 になった。 パーティーがやれるぐらいの家なのだから広いという事は想像出来ていたけれ ども、実際の彼の家は想像を遥かに超える敷地面積だった。 都心にあるのにも関わらず、広大な土地に建つ豪邸に呆然とする。 「花澄?」 「大きな家なんですね……」 「まぁ、そうだな」 「すごく場違いな感じがします」 ドレスの裾を気にしながら、会場に使われているゲストハウスまで歩いた。 室内には色鮮やかなドレスを着た女性やタキシードを着た男性がいっぱいいる。 「年に数回、親戚やら知人やら取引先やらを呼んでパーティーを開いているん だよ」 「取引先?」 「ビルやらホテルやら色々経営してるからな。俺が住んでいるあのマンション も、家のものだし」 「……あの部屋がって、意味でしょうか?」 「いや、全部。タワーごと」 「そ、そうだったんですか」 「だから、部屋が狭ければ変えればいいと言っただろ」 「……」 「2LDKの部屋もあるからな、あそこ」 「私……あのお部屋が、いいです」 「そんなにあそこからの景色が好き?」 彼が柔らかく微笑むのを、私は曖昧に笑った。 ふたりで住むには、部屋は沢山あった方がいいとは思う。 ――――だけど。 苦い感情が少しだけ胸に広がった。
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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語