昔加賀君と住んでいた家は2DKだった。 ふたりで住むのだから、部屋はふたつあった方がいいという彼の意見に私は何 の疑いもなく同意した。 部屋が沢山あっても、自宅ではいつもリビングには家族が集まるのが常だった から。 だけど。 一緒に住み始めてから数日で、加賀君は自分の部屋に篭るようになり、出てく る時は食事のときぐらいでリビングにテレビが置いてあっても一緒に見る事す らしなくなった。 それがもともと彼の生活ペースだったのか、相手が私だったからなのかは判ら ない。 そして、私がその事を言ってみたところで生活を変えてくれる事もなかった。 一緒に居たいと言うと逆に怒られてしまう事もしばしばで、やがて私は彼に対 して何も言えなくなってしまった。 好きだから彼を怒らせたくないと思ったし、そんな加賀君の顔を見たくなかっ たから。 一緒に居るときは彼は機嫌よく笑っていた。 そういう彼を見ていたかったから、あれこれと要求はしなかった。 同じ家に居るのに、別々に過ごさなければならない日々。 思い出すだけでも心の中が苦い感じがする。 零司さんは違う、と私には判断出来ない。 自分の中のアタリマエと他人のアタリマエは違って当然だから、誰を責めるの もそれこそ間違いだ。 だけど、私が望まない形になってしまうかもしれないと考えると、今の生活を 崩したくないと思ってしまう。 今は、食事は勿論、寝るのもテレビを見るのも一緒だ。 部屋がひとつだからそれが当然の結果になっているのか、そうでなくてもこの 環境が維持されるのかは判らない。 そして、私が望む今の形を彼が息苦しく思っていないか気になってしまう。 『おまえは他人じゃねぇし』 そう言ってくれた零司さんだって、どこまでを許容してくれるのかが判らない。 だから……。 広い部屋に変えようかと言われる度に、心の中が不安定になるのかもしれなか った。 「零司、久しぶりだな」 声がして、はっと顔を上げると私たちの目の前には背の高い男性が立っていた。 「相変わらず派手な事が好きなんだな」 皮肉っぽく言う零司さんに、相手は笑った。 「みんなヒマだって事さ、そちらのお嬢さんは?」 視線がこちらに移ってきて、私は慌てて会釈をした。 「更科花澄、俺の恋人だ」 「ふーん、おまえが女連れてくるって珍しいねぇ、よろしくね、花澄さん」 にっこりと微笑まれて、誰だか判らないその人に私は苦笑いをした。 「あ、ごめん。自己紹介が先だったね、俺は成田永輝(えいき)、零司の兄で す」 差し出された手を半ば反射的に握ると、永輝さんは握り返してきた。 前に零司さんが“似ていない”と言ったように、永輝さんの面差しの中に零司 さんを探してみてもどこにも見当たる箇所がない気がした。 じっと見つめていると永輝さんもこちらを見てくる。 零司さんに比べて、彼はだいぶ人懐っこそうな印象を受けた。 「いつまで、手、握ってるんだよ。長いんだよ」 「いや、あまりにも可愛いなぁと思えてね」 永輝さんの手が解かれると同時に零司さんが私の手を握ってきた。 「当然だ、俺の女なんだからな」 彼の言葉に、永輝さんは笑った。 「はいはい、判りました」 永輝さんの視線がふっと動くと、近くにいたウエイターが寄ってくる。 その人が持つ銀のトレイには飲み物がいくつか乗っていた。 「花澄さん、シャンパンでも飲みます? 別の物がよければ用意させますけど」 「あ、シャンパン……を、いただきます」 トレイからひとつグラスを取ると、零司さんと永輝さんも同じようにしてグラ スを持った。 「で、今日のパーティーの趣旨はなんだ?」 「んー……なんだったかな、まぁ、理由を忘れてしまうぐらいのもんだったと 思うよ」 永輝さんはにっこりと微笑んでから、かちんと私の持つグラスに自分の持つグ ラスを僅かに当ててからシャンパンにくちをつけた。 背の高さは零司さんと同じぐらいで、やはり彼も痩身だった。 年齢的に彼と零司さんはそう変わらないだろうと思える。 零司さんには似ていないけれども、華やかさや優雅な身のこなしは同じだと思 えた。 「せっかく来たのだし、母さんに会っていけよ」 「機会があればな」 「おいおい」 「興味ねぇし」 「自分の親だろ?」 笑う永輝さんに、零司さんは薄く笑んだ。 「俺にそういう感情を抱(いだ)かせているのは、向こうだろ」 零司さんの言葉に、永輝さんはただ微笑むだけだった。
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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語