ふたりの会話に、どう入っていいものか判らずに黙っていると零司さんが私を 見下ろしてきた。 「何か食べるか。パーティーはどうでもいいけど料理は美味い筈だ」 「え? あ……はい」 「じゃあな、兄さん」 零司さんはあっさりとそう言って、永輝さんの前から立ち去る。 そういった零司さんの態度を、彼もまた気にしていない様子だった。 「あの、いいんですか?」 「何が?」 「お兄さんに会いに来たとかじゃなかったんですか」 「別に。でもまぁ、元気そうだったからそれが確認できればそれで」 「……」 不安になる。 この環境にも、零司さんのお兄さんに対する態度にも。 自分だけが浮き足立っているような気がして。 「花澄? どうした」 「あ、いえ……」 「“いえ”じゃねーだろ」 「……すみません、慣れてないところに来たので、少し……」 「疲れたか、悪かったな、無理に付き合わせて」 「そんな、無理とかではないです」 「まぁ、目的も果たしたし帰るか」 「え? でも、来たばかりで……」 「いいんだよ。だけど」 零司さんは少しだけ考えるような表情をした。 「ごめん、もうちょっとだけ付き合える?」 「あ、はい」 零司さんが顔を動かすと、ウエイターとは違う黒いスーツ姿の男性が近寄って 来て、彼はそのスーツの人になにやら耳打ちをした。 するとその人は静かに頷いて、まるで道案内をするようにして歩き始める。 「おいで」 握られた手が引っ張られ、私達はスーツの人の後を追うようにして歩いた。 人の波をかきわけるように進み、いっそう人の多い場所で零司さんが立ち止ま ると、彼に気がついた周りの人達が軽く会釈をして道をあけるようにして一歩 下がる。 「ああ、零司か」 人の輪の中心にいる人物がこちらを向いて柔和に微笑んでいる。 「御無沙汰しています」 零司さんは道をあけてくれた人に会釈をし、私の手をひいたままその人物の傍 に歩み寄っていった。 「帰る前にご挨拶をと思いまして」 「たまに来たかと思えばもう帰るのか、まったくおまえは」 そう言って、その人は笑った。 「お元気そうでなによりです」 「おまえもな。そちらのお嬢さんはどなたかな」 「更科花澄、俺の恋人です。花澄、この人は俺の親父だ」 「えっ、あ……更科です、はじめまして」 頭を下げると、零司さんのお父さんは微笑んだ。 彼のお父さんだと言われれば、確かにすっきりとした目元が似ていた。 「零司が世話になっている。コレは我が強いところがあるが大目にみてやって 欲しい」 「……いえ、そんな、私の方がお世話になっているぐらいなので」 零司さんのお父さんは少しだけ笑って頷いた。 「是非また零司と遊びにきなさい、今度はもっとゆっくり時間をとって」 彼のその言葉を聞いて零司さんを見上げると彼は苦く笑った。 「また来るのは構わないですが、ゆっくりは勘弁願いたいです」 「困った息子だ」 それでも零司さんのお父さんは厳しい目を向けるでもなく微笑んだ。 「永輝には会ったのか」 「ええ」 「そうか」 「では、失礼します」 「ああ、またな」 零司さんが頭を下げると、彼のお父さんは隣の人物と話し始めた。 「悪い、時間とらせたな。帰ろう」 人の輪を外れてから零司さんは私にそう言った。 「い、いえ」 恐らく会場のどこかにはいる筈の彼のお母さんには結局会わないまま、ゲスト ハウスをあとにした。 ****** 「ごめん、煩わしい思いをさせてしまったな」 リムジンの車内で彼はそんな風に言ってくる。 「煩わしいとかそんな事はないです」 「でも」 「あ、あのっ、うれし……かったです、零司さんのご家族にお会いできて」 「え? あ、うん」 「零司さんは本当にお父さん似なんですね、目元が似てました」 「ああ、そう?」 「はい」 私は、息をひとつ吐いてから言う。 「すみません、折角のパーティーなのにこんなに早く帰る事になってしまって」 「もともと長居をするつもりはなかったから、そんなんどうでもいいんだよ」 「ごめんなさい」 「いいって言ってる」 髪を結い上げ剥き出しになっている私の首筋を、彼が掌でそっと撫でてくる。 「そんな事より、感情を隠すな」 「え?」 「おまえが泣きそうになっているのを、俺が気付かないとでも思ったか?」 泣きそうに。 そう言われて、心が揺さぶられた。 我慢していたわけではないのに、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語