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rit.2〜りたるだんど〜 STAGE.30

「……確かに、少しひいてしまったのは事実ですけど、嬉しいとも思っていま
すよ?」
「何が?」
零司さんは脚を組みかえて私の方を見た。
私は窓の外で流れ行く景色を横目に微笑む。
「零司さんのご家族に会えた事は、とても嬉しいって思っています」
「そう?」
「はい。すみません、ちゃんとそういう風に言わなくて」
私が微笑むと、零司さんも微笑んだ。

全部を知って欲しいと彼が私に言ってくれたように、私もまた彼の全部を知り
たいと思っている。
零司さんの世界で、私は生きていきたいと強く望むから。





「でも、私が驚くような方法をとるからいけないんだとも思いますよ?」
ドレスショップにドレスを返却し、元の服に着替えて歩く帰りの遊歩道で私は
零司さんにそう言った。
「零司さんって秘密主義なくせに、いつも突然色々見せてくるんですから」
「秘密主義なつもりはねぇけど」
「……隠し事が多いって言いかえればいいですか?」
「隠し事になるのかねぇ」
少しひんやりとした夜の風が、頬をくすぐっていく。
零司さんの長い前髪も夜風に揺らされた。
「俺のが秘密主義だって言うんなら、おまえだってそうだろ? 前の男と同棲
してたって聞いてなかったし」
「そ、それは……別に隠すとかじゃ……」
「アイツの事はそんなに好きだったの? 一緒に住みたいとおまえが思うほど
に」
前髪をかきあげながら彼は聞いてくる。
「……俺の場合は無理強いしたけど、前は違ったんだろ」
「一緒に住みたいと思うほど、好きだったかというより、私が何も考えていな
かっただけだと思います」
「どういう意味?」
「自分の中のアタリマエの生活が、相手の中でも同じだと思っていたんです、
それを考える頭がなかったから加賀君と住むっていう選択が出来たのかなって」
私は顔を上げて零司さんを見つめた。
「零司さんがどんな風に考えているか判りませんけど、加賀君とはそんなにラ
ブラブな生活を送っていたわけではないんですよ?」
「相手は会社まで押しかけてくるのにか?」
「それは……正直私も驚きましたけど。でも強いて理由を考えるとするなら、
便利だからでしょうかね、一応家事は、していましたし」
「それだけが理由だなんて俺は思わない」
「でも、私を要らないと彼は言いましたよ? 他の人の方がいいって」
「他を見て、結局おまえじゃないと駄目だって思ったから戻ってきたんだろ?」
「零司さん、私、彼に戻ってきて欲しいと願った事は一度もないですよ?」
そう言って私が笑うと、零司さんは目を細めた。
「何故、そんな事を急に言うんですか?」
「……おまえが言うラブラブな生活とやらがどんな定義なのかは知らねぇけど、
家に居る時は一緒に過ごしたい、ひとりで居たくないなんて涙ながらに言われ
たら、アイツとはそういう生活だったのに俺がそうしてないみたいに思える」
「え! ちっ、違います、逆ですよ」
私は慌てて首を振った。
「加賀君とは一緒に住んでいましたけど、部屋がふたつあって、ほぼ別々の生
活をしてました。一緒に住んでいるのかどうかも判らなくなるような、そんな
生活環境だったんです。だから、零司さんとはそうはなりたくないって思うん
ですよ」
「……ああ、そう」
「零司さんって、普段は凄く頭の回転が良いのに時々思いもよらないような事
を言い出しますよね」
「そう? 俺は一から十まで説明されないと物事理解出来ない人間だぜ?」
「そんな事はないって……思えるんですけど」
「理解出来てないけど、想像とか統計学的に考えて補ってるだけだ」
「そうなんですか?」
「……多分、こうじゃねーのかなって思うだけで理解とかしてねぇよ」
「それって、理解出来てないとかじゃなくて、深く考えすぎなだけのような気
がします。零司さんの場合」
「……」
「100パーセント理解するなんて、無理ですよ?」
「俺は、100でなければ嫌なんだよ」
「う、うーん……そうなんですね」
突然腕を引っ張られ、抱き締められた。
「おまえの事で、判らない部分があるのは嫌だって言ってんだよ」
「え? あ、私の事だったんですか」
「ずっとおまえの話しかしてねぇだろうが」
「す、すみません」
「……俺は、おまえに望まれる男になりたいんだよ」
「それは今でも十分ですよ」
「十分だって言うなら、もっと求めろよ、もっと望んで欲しがれよ」
「……れ、零司さん? どうし――――」
私の言葉を遮るようにして、彼の唇が重なってくる。
人通りは多くない夜の遊歩道とはいえ、いつ人が通るか判らない。
早々に唇を離そうとすると零司さんが笑った。
「なんで逃げる?」
「人に見られます」
「見せればいいだろ」
「駄目です」
「何故? 俺とキスしているところを見られて困る相手でもいるわけ?」
「そ、そういう事じゃなくてですね」
子供のように駄々を言う彼を見上げると、酷薄そうに切れ上がった瞳の色が縋
るようにも見えて胸をつかれた。
「あのですね、一から十まで説明が必要だって言うなら言います。公衆の面前
で、キスしたりするのは私は恥ずかしいんですよ。零司さんは慣れているのか
もしれませんけど」
「慣れてる? 他の女とはこんなひんぱんにキスしたりしてねぇよ」
「……え?」
「相手がおまえだから、触れたくもなるんだろうが」
「き、気持ちは、とても嬉しいんですが……」
「何? また否定かよ」
「否定って、そんな」


説明しても、理解を示してくれないのは私の説明が下手なのか彼が理解する気
がないのか。


「言い方、変えます。零司さんとキスしたくないって言っているんじゃないん
です、ただ、場所を考えて欲しいだけなんです」
「ふぅん、体(てい)のいい断り文句だな」
「こっ、断り文句とかじゃなくて」
「じゃあ本心を言えよ」
ちらっと彼を見上げると、零司さんはその瞳を細めた。
「……キスはして欲しいです」
「欲しいのは唇だけか? キスさえあればおまえは満足なのか」
「な、何を言わせようと、しているんですか」
「うすうすでも俺が何を言わせたいのか感付いているなら言えよ。本当は何で
こういう所でキスされたくないんだ?」
くすっと彼は笑った。
「唇……だけじゃ、足りなくなってしまうから……です」

満足そうに微笑む零司さんを見て私は思った。
説明がないと理解が出来ないなんて絶対に嘘だって事を。




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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語

 

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