****** 零司さんが出張に行くときはいつも突然で、その日もトラブルの為に急遽現地 に飛んだ。 (そういえば、西木さんも交通費の清算でよく総務に来るし) 国内のクライアントであれば、他の人間が行くのだけれど、海外のクライアン トが相手だと大抵自分が行く事になる。と零司さんが言っていた。 英語をヒアリング程度は出来る社員はいるけれど、喋れるレベルの人間は少な いとも彼は言っていた。 そういう事情もあり、零司さんが設計していないもののトラブルであっても彼 が現地に行った方が話は早いんだろうとは思うけど。 ――――日帰り出来る距離じゃないのは寂しい。 いつも一緒にいるから、彼が手の届く場所にいないと考えてしまうだけで心細 い感じがして堪らなかった。 「露骨に元気がないね」 喫煙所前の自動販売機で西木さんと会った。 「え? あ、そ、そう見えてしまいますか」 「うん、成田さんがいないから、多分そうだろうなって目で俺も見るしね」 彼はそう言って笑うと手に持っていた缶コーヒーを開けた。 「すみません。気をつけます」 「何を?」 「公私混同しないように、です」 私がそう言うと彼が笑った。 「君は真面目なんだなぁ」 「……真面目、とかではないと思いますけど」 「目に余るぐらいのいちゃつきをされると迷惑って思う人間もいるかもしれな いけど、うちの会社って別に社内恋愛禁止じゃないんだし? もっと会社でも 仲良くしててもいいんじゃないのって俺は思うけど」 「会社で、とか、無理です!」 零司さんの場合、そうなると際限がなくなりそうな気がするから。 「その方が、俺も諦めがつきやすいんだけどね」 冗談っぽく言う彼を、私は見上げた。 「あ、あの……」 「うん、正直まだ吹っ切れてないよ? 君の事は」 「……そ、そうなんですね」 「だから、ちょっと気になるんだよなぁ」 そう言って、西木さんはふっと窓の外を見るような仕種をした。 「気になるって?」 「例の、待ち伏せ男だよ」 「え?」 「今日は、成田さんいないし……」 「でも、あれからは全然見かけてないから大丈夫ですよ」 「それはいつも成田さんがいるから出てこないだけなんじゃないの?」 西木さんの言葉に、私は息が詰まるような感じがした。 「……彼が、そんなに私に執着するなんて考えにくい……とも思うんですが」 「彼って待ち伏せ男の事? だって、会社まで来ちゃうようなヤツだぜ?」 「……そう、ですけど」 確かに待ち伏せをしたり、何より私の会社を調べてまでやってきたりするだな んて昔の加賀君とは違う行動を彼はしたりしている。 「帰りは送ってあげる事も可能だから、成田さんに相談してみて」 「え?」 「君に何かあって嫌なのは成田さんだけじゃないけど、それでも鬼のいぬ間に ってのも嫌なんで」 缶コーヒーを飲み干すと、じゃあね。と言って西木さんは行ってしまった。 西木さんに頼るのもどうかと思えたけど、彼に言われた事は零司さんに報告し ようと考えた。 ****** 『普通でいいよ』 西木さんに言われた事を零司さんにメールで相談すると彼はそう返信をしてき た。 『いつもどおりの行動をすればいい、西木にも頼る必要はない』 零司さんの事だから、もっとああしろこうしろと言うかと思っていたから少し 拍子抜けした気持ちにさせられた。 もう加賀君の事は気にする必要がない、彼としてはそういう見解なのだろうか? それとも出張先で忙しいから、考える余裕がない……とかなのだろうか? これ以上仕事の邪魔をするわけにもいかないので、私は“わかりました”とだ け返信をした。 落ち着かなくて、ひどく心細い。 どれだけ自分が零司さんに依存してしまっているかを教えられている気がした。 それは加賀君の事がどう、というわけではなく、ただもう自分の傍に彼がいな いという事実が私を落ち着かなくさせていた。
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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語