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rit.2〜りたるだんど〜 STAGE.39


******

「それで、成田さんはなんて?」
帰る時間になり、ロッカールームへ行く前に私は西木さんの所へ行った。
「普通にしていればいいって、言ってました」
「え? 普通って……マジで?」
西木さんは少しだけ眉根を寄せた。
「はい、だから西木さんにも頼らなくていいって」
「えー……そう、なの?」
「はい、だから、大丈夫です」
私は西木さんに明るく言った。
「心配して下さってありがとうございました」
「……う、ん」
西木さんは何か言いたそうな表情したけれど、微笑んでくれた。
「じゃあ、気をつけて帰ってね?」
「はい、お疲れ様です」


あの後、零司さんからはメールがない。
もともとトラブルで出張に行っているのだから、忙しいのだろうと思えた。

一日彼が居ないだけ。
たったそれだけの事が今の私にはひどく重い。


社内でだってそう多くは顔を合わさないけれど、“会おうと思えば会える”の
と、”会おうと思っても会えない”とでは雲泥の差がある。

――――我慢、しないと。これぐらい。

ロッカーを閉め、自分の弱さに溜息をひとつ吐いた。
今日は、ひとりで夕飯を食べるのか、とかひとりで寝なきゃいけないのかだと
かまるで子供のような事を考えてしまう。
お腹は空いているからひとりでだって食べるし、夜だって眠くなれば眠れるだ
ろう。
それでも、彼が居ないという事が心に影を落としてくる。
いつもと同じ日常を送る中で、彼の居るシーンだけがすっぽり抜け落ちている。
自宅の最寄り駅で電車を降り、改札を抜けて溜息を吐いた。
今日はスーパーかコンビニでお弁当でも買って帰ろうか? 自分ひとりの為に
食事を作る気にはなれなかった。



「花澄」

不意に声がして、驚いて振り返るとそこには加賀君が立っていた。
「……え? どうして、ここに……」
尾行されていたのかと思えて、一気に不愉快な気持ちにさせられた。
そして、彼は付き合っていた頃は私にはさほどの関心を寄せていないように見
えていたのに、何故別れた後になってこうも執着してくるのだろうかと溜息が
出た。
「いつも男が一緒で話しかけられなかったけど、今日は居ないんだな」
“いつも”?
その言葉にぞっとした。
あれからずっと行動を監視されていたのかと考えたら気味が悪かった。
「何故そんなに私につきまとうの?」
「おまえとやり直したいからだ」
「無理だって、言ったでしょう」
「そんなのやり直してみなければ判らないだろ? おまえ、俺の事が好きだっ
ただろ?」
「だからと言って、今も想われていると考えるのはどうかと思う」
「今も、本当は俺が好きなんだろう、そんなの判ってるさ」
加賀君はそう言って笑う。
何故そんな風に物事が考えられるのか不思議でならない。
「また、楽しく一緒に暮らそうぜ?」
彼の言葉に溜息が漏れる。
私は、加賀君との生活を楽しいと思った事はあったのだろうか?
圧倒的な寂しさの方が大きかったように思える。

加賀君が居ない夜でも、私はちゃんとご飯を食べられたし、いつもと変わる事
無く眠る事も出来た。
寂しいと思う感情はあったけれども、それは日常的に感じさせられていた寂し
さであり、今日の私が感じている寂しさとは質が違う。

それを思うと、零司さんが居ないこの一日がどれほど私にとって辛くて寂しい
物なのかを改めて感じてしまう。
私の心に占める圧倒的な存在。
彼が傍に居ない事が我慢出来ないと大声で叫んで泣きたくなる感情に支配され
そうになる。

「……あなたが居なくても、私はなんとも思わない。あなたの事を必要か必要
でないかの考えすら及ばないのに、好きだとか、そんな感情があるわけない」
「少し離れちまったから、そんな風に思うだけだ。また一緒に居れば気も変わ
る」
そう言って私の腕を彼が掴もうとしたとき、視界の中に影が入り込み、加賀君
が遠のいた。
驚いて私の前に立ちはだかった背の高い男性を見上げる。
「な、なんだよ、おまえ!」
突き飛ばされてアスファルトの上に尻もちをついている加賀君の声が響いた。
「何も言わず、立ち去っては頂けませんか? 私もあまり荒っぽい事は好きで
はないので」
「俺たちは今、話し合いをしている所だ、邪魔をするな」
「その必要はない、と判断出来ますが?」
彼は警棒を手に取り、振出してそれを伸ばした。
「すみません、素手とか、嫌いなんで」
私に背を向けているので私からはその人の表情は見る事が出来ない。
だけど、笑ったようなその声なのに彼を見ている加賀君は怯えの色を見せてい
た。
「ストーカーとか、本当、感心しませんね。まあ、それはともかく、立ち去っ
ては貰えませんか? 私は面倒な事も好きではないんですよ」
じり、とその人が一歩踏み出ると、加賀君は弾かれたように立ち上がり何も言
わずに走り去ってしまった。


「あ、あの」
私がその人に声をかけても、彼は振り返らない。
「私の事は居ないものだと思って下さい」
「え??」
「……いつもどおりの行動を。そう言われている筈です」
伸縮自在の警棒を短くすると、彼は腰に戻した。
「言われてるって、まさか、あの……零司さんとあなたは」
「私があなたに語る事は何一つありません」
「……零司さんがあなたを私につけてくれているって思っていいんですか?
その……ボディーガードとして」
その人は振り返らないまま言った。
「早くスーパーに行って下さい。そして、夕飯を“多めに作って”下さい」
「え……? あ……それって……」
「知りませんけど。そのような事を言ってました」
「零司さんがですか?」
「……」
私の問いには彼は答えなかったけれども、その人の言葉に思わず笑みが零れて
しまった。




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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語

執着する愛のひとつのカタチ。

 

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