TOP BACK NEXT

rit.2〜りたるだんど〜 STAGE.4


******

『最近、加賀とは連絡とってないの?』

昼休み。
友人の夏実からかかってきた電話で、そんな事を聞かれた。

加賀、というのは、私の前の彼だ。
夏実は元同僚であり、“彼”もまた同じ会社の同僚だった。

「連絡とるもなにも、私たち半年前に別れてるのよ?」
『うん、それは知ってるんだけど』
「何?」
『加賀が花澄の様子を知りたがってるからさ』
「加賀君に何か頼まれたの?」
『んー……、あいつ、花澄に会いたいらしいのよね』
「会いたい?」
『謝りたいとか言ってた』
「……」
『花澄をひどい振り方をしたからって』
「……ふぅん、でも、謝ってもらうのも、今更って思うよ」
『確かにそうだよね』
「会いたいとか思わないし」
『そっか』
「加賀君、夏実に何か迷惑かけてるの?」
『迷惑っていうか、カノジョと別れたらしくてね』
「え??」
『……花澄はもう加賀の事は何とも思ってない?』
「……思ってないよ、好きな人がいるし」
『ああ、そっか、そうだよね、ごめん、ヘンな事聞いて』
「うん、いいよ」

電話を切って、思わず溜息が漏れた。

会いたいとか、謝りたいとか、勝手だなと思えて。

――――だけど。

零司さんと付き合っていなければ、会ってしまっていたんだろうなとも思えた。

今でも好きだとか、そんな気持ちは微塵もなかった。
でも、何故私以外に目が向いてしまったのか、という事は聞いてみたいと思っ
たから……。

一緒に住んで、毎日仲良く暮らしていたはずだったのに、私の何が駄目だった
のか。

ぶるっと身体が震えた。

“ずっと一緒に”と言ってくれた零司さんだって……離さないと言いながらも
私をある日突然切り捨てるんじゃないかと、そんな考えが頭をよぎった。
零司さんが好き。
離れたくない。
ずっと一緒に居たい。

離れないようにするには、どうしたらいいの?



「花澄」


私を呼ぶ声に振り返ると、そこには零司さんが立っていた。
「あ……零司、さん」
「もう昼は食ったのか?」
「え? あ、はい。食べました、零司さんは、その……これからですか」
「いや、俺も済んだ。おまえ食堂に居たか?」
「いいえ、私は総務の皆と会議室で食べましたので、食堂には行ってません」
「そう」
「……はい」
「電話してたのか」
私が手に持つ携帯電話を見ながら彼が言った。
「あ、はい、昔の同僚からかかってきたので」
「ふーん? 男か」
「いえ、女の子です」
「へえ」
見下ろしてくる視線が痛いような気がした。
そっと見上げると、零司さんは酷薄そうな瞳に何も表情を映さずにいる。
切れ長の瞳は美しくも見えたけど、あまりにも無表情でぞくっとさせられる。
「……あの、零司、さん?」
「おまえ、顔色悪いな、何でだ?」
「え? 顔色、ですか」
「ああ、朝は何とも無かったように思えたけど?」
「……」
「電話の所為か」
「聞いていたのですか?」
「俺に聞かれたらまずいような内容だったのか」
「い、いえ」
「まずくないなら、何を話していたのか言えるよな?」
「え?」

見上げると、また表情の消えた瞳とぶつかる。
口元は笑っているように見えるのに、瞳に色がない。

「……言います、けど、機嫌悪くしないで下さい……ね?」
「これ以上は悪くならねぇから、さっさと言え」
「……その、前……の彼、が、会いたいって言ってるっていう内容の話でした」
「へえ」
「勿論、私は、会いたいとかそんなの思ってないし、同僚にもそう言いました」
「ふーん」
「それだけ、です」
「その元カレとやらは、直接おまえに連絡取ってきたりしねぇのか」
「携帯番号も、メアドも教えてません。別れたときに変えましたから」
「そう」
「だ、だから、零司さんに隠れて、メールしたり電話したりとか、そんなのし
てないですからね?」
「そうか」
そこでようやく、零司さんの表情が緩んだように思えた。
「そうしているって、思ったのですか?」
「……俺は嫉妬深いと教えてあったはずだけどな」
そう言って彼は小さく笑った。
「花澄」
「は、はい」
「今日は夕飯、外で食べて帰るから、俺が仕事終わるまでちょっと待ってろ」
「え? あ、判りました」
「定時で上がれるように調整はする」
「……はい」
「何を食べるか、考えておけ」
零司さんの長い指の背が、少しだけ私の頬に触れた。
今は、この小さな温度にも涙が零れそうになってしまう。
愛しい気持ちと、この温もりを護りたい気持ちが溢れてくるから。


******


定時が過ぎ、ロッカールームで着替えていると零司さんからのメールが着信した。

『もう少しかかるから、駅前のカフェで待つように』

(……わかりました、と)

メールを送信すると『30分はかからない』とだけ返事が戻ってきた。

家で零司さんを待ってる間にご飯を作って……そういうのでも良かったのにな、
と少し思ったけれども、彼が外で食べたいのかなとも思えて私はその事には触
れなかった。

またひとつ、溜息が出る。

――――零司さんにも、捨てられたら。

考えないようにしていた事が、ずっと頭から張り付いて離れない。
心に芽生えた“この恋を護りたい”と思う気持ちが強ければ強いほど、過去に
引っかかったままの胸のつかえが苦しくなっていく。
息が出来なくなりそうなくらいに。


会社のエントランスを抜けると、植込みの傍に見知った姿が目に入り足が止まった。
そこに居るはずの無い人物。
呆然と立ちつくしていると、向こうもまた私に気がつきこちらに近付いてくる。
「花澄」
「……加賀君、なんで?」
「夏実に会社の場所、聞いた」
「夏実には、会いたくないって言ったはずだけど」
「それも聞いた」
「……」

半年振りに見る彼は、以前と全く変わっていないように見えた。
懐かしいとか、何かしらの感情は私の中に芽生えてこない。

「会いたくないって判ってて、どうして?」
「まず、謝りたいと思ってさ」
「それも要らないって、夏実には言ったけど」
「ああ、それも聞いた」
「じゃあ、なんで」
「……おまえには、悪い事をしたと思っているから」
「昔の事だし、そんなのもう……」

どうでもいいよ。という言葉は流石に辛辣過ぎる気がして飲み込んだ。

「悪かった、俺を許して貰えるか」
「許すもなにもないよ」

だって、もうどうでもいい相手なのだし。
それを彼がどう受け止めたのか、難しい表情から一転させて微笑む。

「俺、あのときのカノジョと別れたんだ」
「それも聞いたけど」
「俺たちさ、やり直さないか?」
「え??」
「……俺、結局、おまえじゃないと駄目みたいなんだよな」
「私は加賀君の事をもう好きじゃないよ」
「まだ怒っているからか?」
「怒ってないよ」
不意に腕を掴まれる。
驚きのほうが大きくて、振り払う事すら忘れてしまう。
「また一緒に暮らそうぜ?」
「……え??」
「俺の為に飯作ったりしてくれよ、前みたいにさ。好きだろ? おまえ、俺の
為に料理作るの」
“嫌だ”と言って腕を振り払おうとした瞬間、反対側の腕を掴まれてそちらに
身体が引っ張られた。
体勢を崩して倒れこんだ先には……。
「れ、零司、さん」
「駅前のカフェで待ってろって言ったのになんでまだこんなトコにいるわけ?」
「すみません、あの」
「帰るぞ」
「は、はい」
私を見ずに、零司さんは加賀君の方を向いた。
「花澄は俺のオンナだし、俺のモノだ。鬱陶しく纏わりつくな」
零司さんと対峙して、加賀君は声を無くしていた。
その事を気にするでもなく、零司さんは私の腕を引っ張って歩き始める。
「あ、あのっ、零司さん……ごめん、なさい」
「何が? 何に対しての謝罪だよ」
明らかに彼が怒っているのが声で判り、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。



 TOP BACK NEXT 

-・-・-Copyright (c) 2011 yuu sakuradate All rights reserved.-・-・-

>>>>>>cm:



rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語



Material by ミントBlue  Designed by TENKIYA