****** 私の身体にかかった体液の処理を済ませた後、零司さんは無表情にも見える顔 をこちらに向けてきた。 感情を消しているのか無くなっているのか判断しがたい表情で、私はどう声を かければいいか判らない。 そんな事を考えているうちに彼が先に口を開いた。 「ベッドで横になるか」 それだけ言うと零司さんは私を抱き上げ、部屋の奥にあるベッドまで運んだ。 「水飲む?」 「あ……いいです」 「要らないって意味?」 「そうです」 キシッとベッドのスプリングが軋んで零司さんも横になった。 「おまえに黙っていた事がある」 「え? な、なんですか」 「前のオンナに会った」 「……いつ、ですか?」 「少し前の飲み会で、俺が遅れて行った時があっただろ?」 「あ、はい……仕事で遅れたって、零司さん言ってましたよね?」 「そう言ったけど、本当はオンナに呼び出されて会ってた」 「……」 なんとも言いがたい感情が心の中に生まれて、眉根を寄せてしまうと、零司さ んの手が私の頭を撫でた。 「そんな顔するな。言わなかった俺も悪かったけどな」 「やり直したいとか、そういう……事、ですか?」 「そんなんじゃねぇよ、子供が出来たから結婚するって話を聞かされただけだ」 「……わざわざ、会ってですか?」 「まぁ、確かに……わざわざ、ではあったけど」 彼は小さく笑った。 「区切り、なんだろうな」 「零司さんは、まだ、彼女さんを好きだったっていう事のなのでしょうか?」 「まさか。別れた時点で気持ちなんてねーよ」 「……」 「ああ、でも振られたのはコッチだからな? 俺がすぐオンナを捨てるとかご ちゃごちゃ考えるんじゃねぇぞ」 「え、えっと……はい」 「俺は、すぐオンナに捨てられるけどな」 くくっと彼は笑う。 「零司さんがですか?」 「そうだ」 「想像しにくいですね」 「どういう意味で?」 「え? だ、だって……」 「だって、なんだよ」 ベッドの上で頬杖をついていた彼が、じっと私を見詰めた。 すっきりと切れ上がった酷薄そうに見える瞳は、今は表情をそこに宿して煌い ている。 「手に入れたら、手放せなくなる……と、思うのですが」 「手に入れたら? それは俺の話か?」 「あ、すみません、そうです」 「ふーん」 「す、すみません、おこがましい言い方ですよね」 「いいけど。俺はおまえのモノなんだし」 彼の言葉に、顔が一瞬にして熱くなった。 「なんで赤くなってんの」 「あ、あの、嬉しいっていうか、恥ずかしいっていうか」 「へぇ?」 零司さんはまた笑った。 「……おまえは、俺を捨てるなよ」 柔らかな唇が、私の唇に重なる。 「ん……まぁ、おまえが捨てたいと思ったところで逃さないけどな」 「捨てるとか、離れるとか、そんなのありえないです」 「だといいけどね」 「不安……なんですか?」 「何に対して?」 「私が捨てるとか、考えているのかなとか……思ったので、それに対してです」 彼は小さく笑ってから私を見詰めた。 「ずっと不安だっての。おまえが俺を受け入れてくれるのかとか、受け入れた としても、すぐ離れていくんじゃないかとか、そんなのずっと考えてる」 「離れるとか、ないです」 私の身体の下に彼の腕が入り込み、ぎゅっと抱き締められる。 「……俺を捨ててくれるな」 「……捨てないですよ」 そっと抱き締め返して、しばらくお互いの体温を感じあった。 「それで、どうして……突然彼女さんの話をしたんですか? 会った事を言い たかっただけですか?」 「……おまえ……はさ」 「はい」 彼らしくなく、迷うような表情を浮かべる。 「零司さん? あの……彼女さんに何か酷い事でも言われたのですか」 「え? ああ、言われてねぇよ。っていうかさっきからおかしい、彼女はおま えなんだから“彼女さん”ってのは変だ」 「あ、は、はい」 「まぁ……酷い事じゃねぇけど……今の男との間に子供が出来たって判った時 に、少しだけ、俺の子供を産んでみたかったと思ったって言われたんだよな」 「そんなのずるいです」 「何が?」 「零司さんはそれを言われた時に、じゃあ作ればよかったなとか思ったのです か?」 「そんなの微塵も思わねぇよ、興味もねぇし」 「……子供を作るという事に対してですか?」 「いや、オンナがどんな風に思ったりしててもという意味で」 見上げると、零司さんは苦笑いを浮かべた。 「……その、ですね。零司さんの子供を産みたいなぁと思うのはその方だけじ ゃないですよ」 「どういう意味?」 「……」 直前に彼が興味ないと言い切った事に関して、私の想いをかぶせるのはどうな のだろうか。 黙っていると零司さんが笑った。 「花澄も、俺の子供を産みたいって思っているの?」 「……思ってます」 「おまえ、子供好きそうだもんな」 「そんなんじゃないです」 「何が?」 「零司さんの言い方だと、まるで誰の子供でもいいみたいな感じですけど、私 は零司さんの子供を……」 「へえ」 「……許されるなら、の話ですけど」 「誰の許しが必要だって?」 「零司さんです」 「ふーん……」 「……興味ない話ですよね、すみません」 「だから、興味ねぇって言ったのは、オンナがどう思っていてもだと言っただ ろ、ソレを言うのがおまえなら話は別だ」 額に小さなキスをされる。 「ねぇ、花澄。それって……」 言いかけて彼が笑った。 「……ホント、俺はおまえだけ居てくれたら他に何もいらない」 優しく、柔らかな彼の笑顔だったのに、私の胸は締め付けられるように切なく 痛かった。
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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語