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rit.2〜りたるだんど〜 STAGE.9

******

音に溢れた世界。
私はそんなものを持ってはいなかったけれど、その世界を持っている人の事は
とても憧れる。
自分が持つ事が出来ないから余計かもしれなかった。

零司さんは、きっと……。




「明日は休みだし、仕事が終わったらちょっと行きたい所があるんだけど」
出勤途中の電車の中で零司さんはそんな風に言った。
「行きたい所って、どこですか」
「……ライブバー」
「ライブバー?」
「ああ。馴染みの店があって、ちょっと家からは遠いんだけどな」
「そうなんですね、ええと、どなたかのライブが今日あるって事なのでしょう
か?」
「いや、今日はフリーの日だから誰かがステージを使っているって事はない」
「よく、判らないですけど……でも、零司さんが行きたいのなら、私は構わな
いですよ」
「じゃあ、決まりだな」

ライブバーは行った事がなかったから、私にはどんな場所かさえも想像が出来
なかった。

だけど、どうして急に行きたいだなんて言い出したのだろうか。

……ううん。
私にとっては“急”と感じる事であっても、彼にとっては違うのかもしれない。
私は零司さんの生活ペースだとかそういったものをまるで知らないのだから、
彼は私と住む前は頻繁に出かけていたのかもしれないとも思えた。

「ライブバーって行った事がないんですけど何をする所なんですか?」
「言葉どおりにライブする場所だ。客を入れるか入れないかの差はあるけど」
「そうなんですか」
「フリーの日であれば、誰でもステージが使える」
「え? じゃあ」
「ストップ」
言いかけた私の言葉を零司さんが遮った。
「言っておくけど、俺は歌わないからな」
「じゃあ何故行くんですか?」
「ちょっと用事があるんだよ」
「……」
「何? その不満たっぷりな顔」
「ずるいです」
「はぁ?」
「設計部の皆さんは零司さんの歌を聞いた事があるのに、私だけないなんて」
「おまえだけってわけじゃねぇけど、カラオケ行っても俺は滅多に歌わねぇし」
「でも歌うときもあるんですよね?」
「頑なに拒み続けるわけにもいかない場面もあるからな」
「私も聞きたいです」
「だーめ、おまえって過度に期待してそうだから」
「けちですね」
「どうとでも言えば?」
彼はくくっと笑った。

西木さん達が上手いと言っているから余計に聞きたいと思うのかもしれなかっ
たし、好きな人の事だから知りたいと思うのかもしれなかった。

どちらにしても、聞いてみたいのは確かなのだけど……。


******


「交通費の精算お願いします」
聞いた事がある声に顔を向けると、経理課には西木さんがいた。
私が顔を上げる気配を感じたのか彼はこちらを見て人懐っこそうに笑い、手を
振ってきた。
「出張に行かれていたのですか?」
「うん、ここのところちょっと多くてね。交通費の精算もだいぶ溜め込んでた。
まぁ、俺の場合日帰りが多いけど」
「大変ですね」
「まぁ、慣れてるし、たまには社外に出るのも気分が変わっていいんだけどね」
「そういうものですか?」
「うん……っていうか、君、大丈夫?」
声をひそませて彼が言う。
「え? 大丈夫って、何がですか」
「うん、なんか変な男につきまとわれてるっぽいから」
「な、何故それを……」
「からまれてるのを設計部のヤツが見てたんだよ、まぁその後成田さんが来た
のも含めてだけど」
彼はそう言って小さく笑った。
「大丈夫……だと思います、あれ以来見てないですし」
「そう、ならいいんだけど……一応警備の人にも言ってはあるんだけどね」
「え? そ、そうだったんですか? ありがとうございます」
「いやいや……」
西木さんはお礼を言う私を遮るような仕種を見せた。
「多分、そんなのは成田さんだってとっくに手を回してるだろうからお礼とか
は要らない。ただ、心配なだけ」
「……成田さんも、ですか」
「例えば君に一から十まで報告してなくても、俺が気がつくぐらいの事はやっ
てるよ。あの人だったらさ」
そう言うと、西木さんはらしくなく深い溜息をついた。
それからくくっと笑う。
「でも、すっごい完璧に見えるけど嫉妬深さは人一倍みたいだね」
「え?」
西木さんが見ている営業部を振り返ると、そこには営業の人と話をしている零
司さんがいた。
「さりげなく、睨まれた気がする」
「き、気のせいですよ。ほら、れ……成田さんって目つきが良い方ではないの
で」
「ああー」
また彼は息を吐いた。
そしてちらっとこちらを見る。
「俺も、君に名前で呼んで貰いたかったな」
「え? あ、あの」
「残念ですよ、非常に」
彼は笑いながらも私を見ずに零司さんを見ているような気がした。
「あの……、成田さんの反応を見て楽しんだりとかは……してないですよね?」
「そりゃするよ。あの人、あんなにあからさまに感情見せる事とか滅多にない
し」
私の肩をぽんぽんと軽く叩きながら西木さんは言った。
営業部は私の背後だから、零司さんの様子が見えなくて怖いんですけど……。
あんなにってどんな!!
「に、西木さんっ」
「あの人も結構前から君を好きだったみたいだし?」
「え???」
「まぁ、大事にして貰って下さい」
小さな声でそう言うと、西木さんは経理でお金を受け取り立ち去っていった。

(西木さん……)

そして振り返った時には、零司さんの姿はもうなかった。






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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語

 

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