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rit. 〜りたるだんど3〜 STAGE.11

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夕飯を終えてマンションに帰ると、エレベーターホールで見た事のある人物と
遭遇する。
――――それは、柊弥さんだった。
「柊弥?」
驚いたように零司さんが彼に声をかけると、柊弥さんもまた驚いた表情をした。
「零司? どうしてここに……」
「どうしても何も、ここに住んでいるから」
「……俺もそうだ」

柊弥さんはつい最近、このタワーマンションに引っ越してきたのだと説明をし
た。

「テレビ局に行くにしても便利な場所だし、セキュリティ面でも良かったから
ここにしたんだけど」
柊弥さんはまるで言い訳でもするようにして、気まずそうに言った。
「別に何も言ってねぇだろ」
零司さんは笑いながらコーヒーを淹れ、テーブルの上に普段私達が使っていな
い白いカップを彼の為に置く。

柊弥さんは私達の部屋に来ていた。

「ふたり暮らしなのに、ワンルームの間取りの部屋なんだな」
柊弥さんが言うと、零司さんは笑う。
「仲が良いからワンルームで充分なんだよ」
「あ、っそ」
「どうせおまえの部屋は無駄に部屋数が多いんだろ?」
くくっと笑う零司さんは意地悪そうに見えた。
「……部屋が多くても少なくても、誰も呼んだりしない」
ふいっと、少し寂しげな表情をして柊弥さんは視線を外す。
「呼びたいなら呼べばいいのを我慢してるからどんどん卑屈になっていってる
んじゃねぇの?」
物言いは意地悪なのに白い陶磁器のポットから、ゆっくりと紅茶をカップに注
ぐ零司さんの姿は優雅に見えた。
「はい、花澄」
いつも使っているカップを私の前に置いて彼はにっこりと微笑んだ。
「……おまえ、本当にキャラクター変わったよな」
柊弥さんはコーヒーを一口飲んでからそんな風に言った。
「今の姿が本来の俺なんだよ。多分な」
薄く笑って椅子をひき、零司さんは私の隣に座った。
「いつまで我慢し続けるんだ?」
「何を」
「愛しい彼女に逢わず、かといって別の女に変えるわけでもなく、そんな生活
いつまで続けてるのって言っている」
「……またその話かよ」
「いい加減、相手の彼女だって結婚するような年齢だろ」
「ま、まだ結婚とか、そんな年齢じゃねぇよ」
「なんでそう言い切れる? 結婚して欲しくないっていうおまえの願望だけで
ものを言うなよ」
「……」
「ここにいる花澄だって、おまえからすれば結婚するような年齢にあたらない
かもしれないけど結婚するわけだし?」
「……おまえは本当に嫌なやつだな」
「嫌なやつだと思ってくれても全然構わないけど、それで柊弥は後悔しねぇの?
と、聞いているんだよ」
「後悔だったらとっくにしてる、瀧口の家の人間に引き離されてしまう前にき
ちんと言うべき事は彼女に言っておけばよかったと。いや、それ以前に――」
カップに口をつけかけていた零司さんが彼の言葉に顔を上げた。
「なんだって?」
「だから、後悔はしてるって……」
「いや、今、瀧口って言ったか?」
「言ったけど」
「柊弥の愛しの彼女って瀧口実來だった?」
「……俺、その話、零司にしてると思うけどね」
「悪い、多分、その時はすっげぇ興味なくて聞き流してたと思う」
「ああ、そんな顔だった。逆に今やたら食い付いてくるのが不思議に思えるぐ
らいにな」
「……悪い」
「もういいって」
「違う意味でも」
「何?」

珍しく零司さんは苦い表情を浮かべ、それからちらりと私を見た。
そんな彼の様子になんとなく嫌な感じがしてしまい、自分の意思とは関係なく
涙がじわりと滲んでしまった。
「違うって、花澄」
「す、すみません……零司さんが過去にお付き合いしていた女性の話を聞かさ
れても、私もいい加減慣れないといけないって判っているんですけど」
「付き合うってどういう事?」
動揺している私よりも更に動揺した声を上げたのは柊弥さんだった。
零司さんは小さく息を吐いて、片手を振る。
「違うって、付き合ってないから。ただ、瀧口実來とは見合いっぽい事をした
ってだけだから」
「見合い?」
零司さんの言葉に柊弥さんは眉をつり上げた。
「花澄と出逢う少し前に、成田の家の都合で顔合わせをした事がある。その場
で向こうに断られたけどね」
「……見合い、とかするんだ。やっぱり」
「良家のお嬢さんだしな、させられてるんじゃねぇの」
柊弥さんの言葉に、零司さんは苦笑いで答えた。
「……帰る。ご馳走様」
がたん、と椅子から立ち上がり柊弥さんは呟くように言った。
「大したお構いも出来ませんで」
笑って言う零司さんを柊弥さんが見つめた。
「……一度だけ、バーで偶然その姿だけは見かけた事がある」
「へぇ?」
「そこのマスターに話を聞けば、ほぼ毎日のように来ていると言っていた」
「ふぅん、じゃあ」
腕を組んで零司さんは微笑んだ。
「行って来いよ」
「……そうする」
言葉の直後に柊弥さんはリビングを出て行ってしまったからその表情がはっき
りとは見えなかったけれど、私には彼が笑ったように思えた。






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執着する愛のひとつのカタチ。



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