****** 林檎が大量にあるから取りに来なさいと母に呼ばれて、私は実家に来ていた。 「お母さんは再婚しないの?」 母の田舎から送ってきた美味しそうな林檎を眺めながら聞く私を、母は驚いた ように見てくる。 「私に結婚して欲しいの? 娘のあなたより先に?」 「して欲しいっていうか……しないのかなって思ったの」 「予定はないわよ」 「そうなんだ」 「これから孫の世話で忙しくなるだろうしね」 ふふっと母は笑う。 「……お父さんが亡くなってから随分経つけど、お母さんは寂しくない?」 「寂しいか寂しくないかって言われたら、寂しいわよ」 「ああ、うん……そうだよね」 「なによ、急に」 「……なんとなく」 「変な子ね。零司さんと何かあった?」 「え? な、何もないよ」 「そう、だったらいいんだけど……あなた男運なさそうだから、お母さんは密 かに心配してたりするわよ」 「零司さんには、ちゃんと愛されてると思う……から、大丈夫」 「そうね」 「だけど、好き過ぎる気持ちもちょっとだけ怖いかな」 「どういう意味で?」 「……お父さんみたいに……」 言いかける私を、母は優しく微笑む。 「そりゃ、人間いつかは死ぬけど、そのいつかを考えながら暮らしても仕方な いことよ?」 「うん……」 「ただ、それをふまえて相手を思いやって生活していくことは大事だと思うけ ど」 「どういうこと?」 「亡くなるときに、ああ、この人と一緒に生活してこれて幸せだったなぁって お互い思えるような?」 「……ああ、うん」 「とにかくね、まだあなたたち若いし、これから結婚するのに、死んだときの こと考えてどうするのよ。もっと面白おかしく生活しなさい」 母の言葉に、私は笑った。 「ところで零司さんって林檎、好きなのかしらね?」 「え? 林檎が嫌いな人っているの?」 母はまた笑う。 「生き死にを考えるのも結構だけど、好き嫌いを熟知するほうが大事じゃない?」 「う、うん、ごめん」 林檎を取りに行ってくると私が彼に言ったときに、零司さんが何も言わなかっ たから勝手に嫌いじゃないと思い込んでいた。 『林檎? 嫌いじゃねぇよ』 「あ、だよね。良かった」 『今更……』 「確認ですってば」 『……今日はそっちに泊まりか?』 「ううん、帰るよ」 『そう。だったら帰る1時間前にまた連絡しな、迎えに行くから』 「ありがとう」 『じゃあ、あとで』 電話を終えた私を見て、母がにやにや笑っている。 「な、なに?」 「送って来なかったから迎えにも来ないのかなぁって思っていたんだけどね」 「え? き、聞こえてた?」 「地獄耳なので」 「ひとりでも、帰れるんだけど……」 「荷物があるから迎えに来てくれるって言ってるんでしょ? 送って来なかっ たのはあなたをゆっくりさせたいから。って感じなのかしらねぇ」 「え?」 「優しい旦那様ねぇ」 「ま、まだ、旦那様じゃないよ」 笑っている母を見ていると恥ずかしくなってきてしまって、なんとなく手の中 に入れた林檎を持て余し、それでも良い香りがしてくるそれに、早く彼にも食 べさせたいなと思ってしまった。
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