****** 「迎えに来てくれてありがとうございます」 「ああ」 車で迎えに来てくれた彼にお礼を言うとサングラスをかけた零司さんが笑った。 「家で待ってるより気が楽だからな」 「そうですか? ゆっくり出来ていいじゃないですか」 私の言葉に、彼が睨むような表情をする。 「じゃあ、おまえは俺が家にいない方がゆっくり出来ていいなーとか思うわけ?」 「え? あ、いえ……それは思わないですよ」 「俺だって思わねぇよ」 車内は林檎の甘い香りが漂っていた。 『旦那様』 母に言われた言葉が胸の中に残っていて、それがくすぐったく感じる。 今隣にいる零司さんが、私の旦那様になる……。 実感はまるで湧かないけれど、それでも幸福感はじわじわと私の中で広がって いく。 「来週あたり、どうかって言ってきてる」 「え?」 「俺の実家での顔合わせ」 「あ、時間の都合をつけてもらえたんですね」 「ああ」 「……ちょっと、どきどきしますね」 「何が?」 「零司さんのご家族にお会いするの」 「前にも会ってるだろ」 「それとこれとは違いますよ」 ふと、零司さんのお母さんは私に会ってくれるのだろうかと思った。 「あの……」 「なんだ?」 「零司さんのお母さんとはお会いできるんでしょうか?」 「ああ、会えるよ」 「……余計緊張しますね、前にお会いしていないから」 私の言葉に零司さんは笑う。 「そんなに緊張する必要はないと思うけどねぇ」 「零司さんはマイペースだからいいかもしれないですけど」 「マイペースだということは否定出来ないけどな」 こうやって、段階をふんでいくことで結婚の実感が湧いてくるものなのだろう かと思った。 今はまだ、何もかもが夢のようにふわふわとしているけど……。 「零司さんが私の旦那様になるんですよねぇ……」 「なに? 不満なのかよ」 「不満とかあるわけないじゃないですか」 「そうだろうな」 「……実感が湧かないんですよね」 「ふうん」 「結婚したら、実感が湧くんですかね」 「どうかな」 「今まで更科って呼ばれてたのが、成田に変わるんですよね」 「ああ」 「それもなんだかくすぐったいですね」 「なんで?」 「好きな人の名前で、自分が呼ばれるんですもの。想像すると、うわぁって思 いますよ」 「“うわぁ”の意味が判んねぇけどな……」 そう言って彼はくくっと笑った。 「……私が零司さんのお嫁さんかぁ」 「ほわほわ笑うな」 「え? あ、す、すみません」 「可愛いから、押し倒したくなるだろ」 にやりと笑って私を見てくる零司さんに慌てて首を振った。 「えっ、だ、だめですよ!」 「折角の密室空間なんだけどな」 「密室かもしれないですけど、実質“外”と同じですからね?」 「ま、狭いからやらねぇけど」 「まるで広かったらいい、みたいな言い方はやめて下さい」 「……車、買い換えようかな」 「やめて下さい、本気で」 「じゃあ、せめて」 信号待ちで、彼がサイドブレーキを引いた瞬間、身体が引き寄せられてキスを される。 「れ、零司さん!」 「おまえが隣にいるのに、手出し出来ないなんて、生き地獄だな」 くくっと笑いながら彼は悪びれる様子もなく、そんなことを言った。 「だめって言ってるのに」 「数時間でも俺をひとりにしたくせに、あまりにつれないんじゃねぇの?」 「そ、それとこれとは別だと思います」 「おまえ、帰ったら……覚えておけよ?」 サングラス越しでも判るぐらいに彼の瞳が妖艶に輝いていて、私は息をのまず にはいられなかった。
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ドSな上司×わんこOL |