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rit. 〜りたるだんど3〜 STAGE.8


どんなに欲しても、求めても、手に入れる事が出来ないものがあるだなんて信
じたくはない。
だけどいつだってそれはこの世界での真実だった。



歩道橋にひとり佇む澤木はどこか遠い所を静かに見つめ、やがて溜息にも似た
吐息を漏らした。



******


「……本当に、私でいいんでしょうか」
「何が?」
家に帰り、お茶を淹れながら私が言うと、零司さんは首を傾けた。
「その、零司さんの結婚相手が私でもいいのかなって」
「いいに決まってるだろ」
「だといいんですが」
笑うつもりが苦笑いになってしまって、それが判ったのか零司さんは眉根を寄
せる。
「俺の実家を心配してる?」
「それは……しますよね」
「する必要ねぇっての。おまえじゃないなら俺は結婚なんてしない」
「でも、家柄のいい方との縁談を望んでいるんですよね」
「なんでそう思う?」
「零司さんは何度かお見合いとかされていたんですよね?」
「見合いって言うほど正式なものじゃなくて、軽く食事をしたりとかはあった
けど、それだって俺に女がいる間はそんなのもなかったぜ。おまえが考えてい
るほどのものじゃない、あっちもどうせいないんだったらって感じで紹介して
くるわけだし」
「だと、いいんですけど」
「そんなに心配?」
くくっと彼は笑った。
「心配ですよ」
「どうして?」
カップに口をつけ、優雅にお茶を飲みながら零司さんは聞いてくる。
「……零司さんを私から取り上げられたくないんです」
「大丈夫だって」
「でも……」
「おまえの事はちゃんともう一度親父や兄貴に紹介する、今は少しだけ多忙だ
から、そういう席を設けるのに時間の調整をしているって段階なだけで」
「そ、そういうの、ちゃんと言っておいてくれませんか」
私が彼を見ると、零司さんはふふっと笑う。
「意地悪ですよね」
「そう?」
「……だって、いずれは〜みたいな言い方だったから……」
「俺が親父たちに何も言ってないと思ってたの?」
「思いますよね、前にも紹介してるから構わないんだって言い方を零司さんは
したじゃないですか」
「それがご不満だったと」
「不満って言うか……もう、やっぱり凄い意地悪ですよね」
「なんの手回しもせずに、大丈夫だとか無責任な事を俺が言うわけないだろ」
「……それは、そうですけど」
私もカップに注がれているお茶を飲んだ。
「例えば親兄弟に結婚を反対されたって、俺はおまえと結婚するから大丈夫だ
って」
「や、やっぱり反対されているんですか」
「そうじゃなくて……例えばの話。反対なんてされてないから」
くくっと彼は笑った。
「良家のお嬢さん方も、俺と結婚なんてしたがらないさ」
「それはないと思いますけど」
「実際俺が断る前に断られた事もあるし」
「え? そんな事あったんですか」
「興味を持てそうにないってはっきり言われた」
「零司さん相手にそんな事を言う人がいるんですね……」
「おまえがどう思ってるか知らないけど、俺は女には好かれない人間なんだぜ?」
「信じられないんですけどね」
「そう言われてもねぇ、路上やってる時から俺より柊弥の方が女には人気あっ
たしな」
「……零司さんよりは物腰が柔らかそうではありますね」
「どういう意味だよ、あいつの方が女に対しては冷たいんだぜ?」
「ああ、そうなんですか?」
「ずっと想っている女がいるらしいからな、俺が出逢った頃からそんな感じで
多分今もそうなんだろうなぁ……あの様子だと」
「会ってもいないと言ってましたけど、その人の事ですか?」
「そうそう」
マグカップをテーブルに置いて零司さんは腕を組んだ。
「会えないって昔は言ってたな、それでも想い続ける事が出来るんだから凄い
よな色んな意味で感心する」
「何だか意地悪っぽい言い方ですよね」
私の言葉に彼は笑った。
「まぁ、それが作曲の原動になるのなら、そういうのが正解なのかも知れない
けど? 俺だったら耐えられないってだけの話さ」

ゆらゆらとマグカップから立ち上る湯気を静かに眺めながら、零司さんは考え
深げな様子だった。




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rit.〜りたるだんど〜の零司視点の物語

執着する愛のひとつのカタチ。



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