****** 遠いところで、雨の音が聞こえる。 主の居ない布団からは少しだけ彼の匂いがした。 (零司……さん) 重い身体からは魂が抜けている。 今の私はそんな状態だった。 明日の朝になったら、普通に、今までどおりに笑って……それで、おしまいに するんだ。 うとうとしかけた時、ロールスクリーンが上がった。 「花澄」 「は、はい」 縛られたままの手首。 その状態で私は飛び起きた。 「水飲むか?」 彼の手にはミネラルウォーターのボトルが握られている。 「あ、あの……飲みたいです」 「ん」 零司さんがベッドに腰掛ける。 ネクタイを解いてくれるのかと思ったけれどそうされる事はなかった。 彼はペットボトルの蓋を開け、私を抱き寄せる。 「え?あ……んぅ」 ペットボトルの水を彼は一旦自分の口に入れ、それからその液体を私の口の中 に注ぎ込んできた。 飲み切れなかった水が私の唇から零れ落ちる。 「下手だな」 ちょっとだけ叱るような口調で言ってから、零司さんはその零れた水を舌で舐 め取った。 「んんぅっン」 「また、やらしい声出して」 ふふっと彼はからかうように笑った。 私の腰に回されていた手が、頭へと場所を変え、彼はまるで猫でも撫でるかの ようにして私を撫でた。 ――――こんな風に頭を撫でられるのも、気持ち良いと感じてしまう。 手首を拘束していたネクタイがしゅるっと外された。 自由になった安堵感と、縛られてない心許無さが私を襲った。 ……縛られていた方が、安心してたって事??そんなのなんだか変……よね? 「花澄」 「あ、はい」 見上げて目が合うと、彼はいつものように綺麗に笑った。 そう。 いつもと変わらないから、未だ全裸でいる自分が急に恥ずかしくなり胸元まで 上げていた掛け布団を更に上げた。 慣れていない空間に、ちょっと息苦しくなる。 溶けるようなとろとろの甘い蜂蜜のような時間は終わった。 熱が冷めた後の対応に困っていると、彼が小さく笑う。 「おまえは、本当に可愛いな」 “終わった”後でも零司さんはそんな風に言う。 「……その、零司……さんは、綺麗だと、思います」 「そう」 「はい」 「それは気に入っている、という事か?」 「え?き、気に入ってるって……」 「どうなんだ」 「気に入っている、とか……ちょっと、判りません」 「そう、俺はおまえの事を気に入っているけどね」 “気に入っている”って、どういう意味なのだろうか。 彼を見上げると、柔らかいキスが唇に落ちてくる。 彼のキスは、どんな感じのものでも好きだと思えた。 触れるだけのキスでも、深いキスでも、その柔らかさとか弾力とか質感が堪ら なく良いと思えた。 キスだけでも、虜になってしまうぐらいに。 ――いつまでも、求めたくなってしまう程に……。 「……おまえが好きなのは、キスなのか?それとも……」 唇を離した後に彼はそう言って小さく笑った。 「花澄は俺を見る時、まず唇に目がいくよね」 「え?そうですか?」 「ああ」 「すみません、意識した事はなかったです、でも……零司さんの唇は綺麗な形 なので好きなのかもしれません、だからつい目が……」 「好きなのは、唇だけ――か」 ふふっと彼は笑った。 「え?あ、あの……」 「花澄」 「は、はい……」 艶っぽい綺麗な唇が、僅かに動いて、それから彼は微笑んだ。 「ゆっくり、おまえを堕としてやるよ」 彼に堕ちているかどうかと聞かれれば、もうとっくに私は囚われの身だった――。