彼は転職組で三年前にこの会社に入社した。 前の飲み会の席で、社内でもてているのに何故恋人の一人も作らないんだと、 冷やかされて彼は素っ気なく答えていた。 「女は熱しやすくて冷めやすい。社内で揉め事はもうたくさん」 聞き耳を立てていると、彼の前の恋人は彼と付き合いつつ、彼の上司とも付 き合っていたらしい。 二年もの間。 う、うーん。 みんながみんな、そんなんじゃないよ。 何人もの人と身体を重ねたりとか、そうそう出来ることじゃない。 女の子は基本一途なの。 私がこんなに恋している彼に落ち度があるとは思えない。 そりゃあ、何人も食べたいって魔女もいるかもしれないけどね。 私は違うの! あなたが超好きで、あなたが居てくれたら霞食べてでも生きていけそうなの! 最近めっきり食欲なくて、大好きなシュークリームも食べられなくなってい るの。 恋の病かしら。 きっとそう。 ……こんなに好きなのに、あなたに好きだということも出来ないチキンな私。 言っても仕方ないと思う気持ちもあった。 例えば私の想いを彼に拒否されても、この恋の魔法は解けない。 繰り返しかけ続けた魔法だったから、ちょっとやそっとでは解けない。 解けないと知っているから、私はこの胸で温め続ける。 大好き……。 この想いを。 ---------------------------------------------------------------------- クライアントが打ち合わせにやってきたとき、珍しく手土産を持ってきた。 営業一課の皆さんで食べてくださいと、人の良さそうな社長はそう言って笑 う。 ありがたくその箱を貰い、日比野に渡した。 「悪いけど、営業一課の皆に配ってもらえるかな」 「あ、はい」 彼女は俺を見てにっこりと笑った。 中身はシュークリームだったようで、日比野はそれを配りながらコーヒーも 出してくれた。 席に戻った彼女だったが、手にはシュークリームを持っていない。 「数が足りなかったか?」 俺が声をかけると日比野は慌てて首を振った。 「私、ダイエット中なので、せっかくだったんですけど総務の子にあげちゃい ました」 「ああ、そうなのか」 ダイエット中の子の前で食べるというのも……。 なんとなく隣を見ると、井ノ瀬も、コーヒーは飲んでいるもののシュークリ ームには手をつけていない。 「井ノ瀬もダイエットか?」 「ん?」 彼女は俺のほうを一度見てからマウスをカチカチとクリックし、立ち上がっ た。 「煙草休憩、行ってくるわ」 机に置いてあったシュークリームをひょいと取り上げ、彼女は歩いていって しまった。 「俺も、休憩してくる」 「あ、いってらっしゃい」 声をかけてくる日比野を尻目に、俺もシュークリームを手に喫煙所に向かっ た。 喫煙所に辿り着くと、井ノ瀬は煙草に火をつけていて、シュークリームはそ の場に居合わせた男性社員の粟田が食べていた。 「何、やっぱりダイエットしてるのか?」 おおよそ、その必要性を感じられない身体つきだったが。 「ダイエットはしてないわ。でも、今は欲しくない気分だったから」 「ふぅん?」 既にシュークリームを食べている粟田に俺の分も渡した。 「俺甘いもの好きなんスよ」 「私も、すっごく好きなんだけどねぇ?」 井ノ瀬はそう言って粟田を見て彼を困らせていた。 「食べられないとかじゃないよな?」 俺が言うと井ノ瀬は猫のような目をこちらに向けてくる。 「最近少し痩せたんじゃないか?」 俺の言葉に井ノ瀬は小さく笑った。 「例えばどの辺が? まさか胸とか言ったら殴るわよ」 「冗談言ってる場合か」 「豊満な胸が欲しいわ」 くくっと彼女は笑う。 「井ノ瀬さんは胸なんてなくても素敵です!」 粟田の言葉に、彼女はじろりと彼を見た。 「粟田、ぶっ殺す」 「す、すみません」 直後、井ノ瀬はにこりと笑った。 「まぁ、女の子らしい身体つきじゃないのは判ってるからいいんだけどね」 どこが。 とは思ったがさすがにそれを口にすることはなかった。 スレンダーな身体つきではあると思えたが、薄い肩や細い腰は立派に女性の それだった。 長身であることを女の子らしくないという定義にあてはめているのであれば それも違うと思った。 その背の高さも身体つきも、彼女が持つオーラにはよく似合っていると思え たから、勿体無い考えかただ。 褒める言葉を与えるのは簡単だった。 だけど、そこに何かが含まれているわけではなかったから俺は黙った。 俺が何も言わないのに対して、粟田がやたらと井ノ瀬を褒めているのが少し だけ気に入らないと思いながらも。
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