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囚われの魔法 Page.4

 



 昼休み。
 たまには外の定食屋で食べるのもいいか。などと考えながらお魚定食が美味
しいお店の扉をがらりと開けると、カウンター席には綾城さんがいて嬉しいと
感じながらも思わずひるんだ。
 彼もこちらに気がついて顔を向けてくる。
「お疲れ」
 そう言って、ふいっと素っ気無く顔を背けた。
 席が微妙に彼の近くしか空いてなくてどうしようかと迷っていると綾城さん
がまたこちらを向いた。
「座れば?」
 そそくさと彼に近寄り、隣に座らせてもらった。
 サンマ定食を注文して、魚が焼き上がるまで待つこの時間、隣に彼がいるの
かと思うと心臓がバクバクと音を立てていた。

 やばい。
 やっぱり好き。
 好きすぎる!

 湯飲み茶碗で緑茶を飲む姿も、それを持っている指も、格好よくて涙が出そ
う。
 そして同じお茶を私も飲んでいるのかと思うとテンションMAX。
 手が震えるっ。

 私は、はっとした。

 サンマとか頼んで、こいつ魚の食べかた汚いとか思われたらどうしよう!!
 まぐろの山かけ定食とかにすればよかった。
 なんて大失態。

 彼が頼んだのはしょうが焼き定食。
 さっくり食べられるやつじゃない。

 っていうか、魚が美味しい定食屋さんなのに、なんで肉食べてるのーーーー。
 綾城さんは、ぺろりとそれを平らげると、私のサンマが来る前にさっさと店
をあとにした。

 ……ふう。助かった。





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 今日も井ノ瀬とクライアントに挨拶をして回る。
「直帰でいいかな」
 腕時計を見ながら俺が言うと彼女は頷いた。
「そうね、それでいいと思うわ」
 最近本当に彼女は痩せたように思えた。
 もともと線の細いタイプの人であったから、余計気になった。

「良かったら、飯でも喰っていくか?」
「え?」
「迷惑じゃなかったら」
「……迷惑ではないわ。仕事仲間なのだし」
 髪を留めていたバレッタを外し彼女は言った。
「何を喰う?」
 栄養価の高そうなもの、と考えていると井ノ瀬のほうが先に口を開いた。
「そうね……サムゲタンとか」
「サムゲタン?」
「ええ、嫌い?」
「いや、嫌いじゃない。サムゲタンの美味い店ねぇ」
 スマートフォンを操作して店の検索をしようとしたとき、画面に彼女の白い
手が乗せられ塞がれた。
「私、美味しいところ知ってるわ、そこでよければ」
「ああ、そうなのか、じゃあ任せる」
 彼女は静かに笑った。
 その笑みが妙に綺麗に見えてしまい、思わず見入ってしまう。
「なに? じっと見て。私の顔、変? 化粧でも崩れてる?」
「いや、化粧の崩れは少しもない」
「そう、だったらいいんだけど」
 彼女はそれ以上追求せずに素っ気なく視線を外した。
 綺麗な横顔だった。
 決して化粧でごまかしているという類いの造作ではない。
 アイラインのひかれていない目元なのに、くっきりとし、意志の強そうな瞳
の輝きはやはり見とれてしまいそうになるほどだった。

 猫のような目に惹きつけられそうになって慌ててその意識を振り払った。


 彼女に連れてこられた場所は、黒い木のテーブルや椅子が置いてあり、堅苦
しい雰囲気でもないが、少し洒落た感じがする店構えの居酒屋だった。

「鶏肉は好き?」
「好きだよ」
 彼女の問いに答えると、井ノ瀬は魅惑的に微笑んだ。
「お酒も飲んでいいかしら」
「ちゃんと喰うならどうぞ」
「食べるわよ」
 ふふっと彼女は笑った。
「何? 太らせたいわけ? 太っても胸に肉はつかないわよ」
「べつに胸とかどうでもいい」
「興味の対象外ですものね。あ、私は生ビール」
「どういう意味だ」
「生ビールを頼むわよってことだけど」
「そっちじゃ……」
 言葉の最中に店員がやってきて、彼女は料理を注文した。
「綾城さんは、何を飲む?」
「俺もビールで」

 正面に座っている彼女の猫のような瞳がやたらと黒く輝いているように見え
た。
 どうかしてる。
 ……そう思うのに。
 ビールで乾杯してから口を開く。
「粟田とは仲が良いのか」
「普通」
 黄金色の液体をジョッキ半分まで飲んでから彼女は答えた。
「普通にしては仲が良さそうだよな」
「そう?」
 表情を変えずにのらりくらりと喋る彼女に何故か苛立ちを覚えた。
「粟田は、仲が良いつもりなんじゃないのか」
「……どうかしら。私は彼じゃないから判らない」
 井ノ瀬はテーブルの上で頬杖をつき、こちらをじっと見つめてきていた。
 苛々する。
 なんだか無性に。
「だが、あいつは井ノ瀬を褒めていたよな」
「まだ、その話、続くの?」
 井ノ瀬はゆっくりとそう言って首を傾けた。
 揺れる髪が、さらりと音を立てたような気がした。
「……悪い」
「もうすぐバレンタインよね」
「え? ああ、そうだな」
「今年も完全拒否の姿勢を貫くの?」
「義理チョコを配るほうも大変だろ。女子社員の数のほうが圧倒的に少ないん
だから」
「別に貰うぐらい、いいんじゃないの? もう買っちゃったものを、どーぞっ
て言ってるんだから」
「欲しくないし」
「頑なだな」
「不要なイベントだろ、あんなの」
「そうかな」
「そうだろ?」
 井ノ瀬は、ふっと笑った。
 こいつは誰かにチョコレートをあげたりするのだろうか?
 毎年そんなこと気にしていなかったのに、今年はやけに気になった。
 そして去年の彼女がどうだったかが思い出せない。
「井ノ瀬はチョコレートを用意しているのか」
「これから用意するんだけど……」
 彼女は顔にかかった髪を耳にかけ直しながら言った。
「数を減らさないとね」

 微笑む彼女に苛ついた。





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