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契約結婚 一年後には捕まえます! Dolphin Riderとの激らぶ婚 2-2



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 それからの由眞は忙しかった。
 祖母が危惧した通り、母の礼子が松島行きを黙っていなかった。
『松島に行くってどういうこと? お給料だって今の薬局はたくさん稼げているのに、あなたって子は、弟のことはどうでもいいの? いつもいつも勝手なことばかりして』
(いつ私が、勝手なことをしたのかな……)
 感情的になっている母とは逆に、由眞は静かに話した。
「どうでもいいってことはないよ。ただ、お婆ちゃんのことも心配なだけ。向こうでも薬剤師の仕事はするから、今までどおり、お金は送るよ」
『都会の給料と、田舎の給料は違うのよ? わかっているの?』
「……わかってる。それに、もう仕事は決まっているから」
 柊吾に相談をしてから二週間後、彼から紹介状が送られてきた。
 祖母が入院している松島大学病院の院内調剤課に、就職できるよう手配してくれたのだった。
『……そう、もう決まっているの。全部事後報告なのね』
 不満そうに母が言う。一体何が不満なのだろうか?
 相談でも、して欲しかったのだろうか??
『――――そうそう。弘貴の渡米が決まったの』
「え?」
『だから、このところ、ばたばたしていたんだけど……渡米して手術するには後少しお金が足りなくてね』
「――――少しって? いくら?」
『三千万よ』
(少しって額じゃない……)
 由眞はため息が漏れそうになった。
「あと三千万、どうするの?」
『パパや、パパの親戚が、お金を集めてくれているわ。――――順調とは言えないけど、後少しなのよ……クラウドファンディングのほうでも、お金は集まっているわ』
「……そう、じゃあ、また何かあったら連絡頂戴」
 もうこれ以上は話しても仕方がないと思い、由眞は通話を終わらせた。
(三千万なんて、軽く言うけど……)
 母は少し金銭感覚もおかしかった。祖母が祖父の山や田畑を売ってお金にしたときから、もっと自分の実家にはお金があると、勘違いをしているフシがある。
 祖母がお金を出し惜しみをしていると、以前言っていたことがあった。
 そんなことはない。
 祖母は売れる土地は全部売り、皆子に相続させるつもりだった土地すらも、話し合いの結果、売ることにした。
 何もなければ祖母も、皆子も悠々自適な生活が送れた筈なのに、弘貴一人のためにみんなの生活設計が崩れてしまった。
(お母さん……またお婆ちゃんのところに、お金の無心をしてなければいいけど)
 由眞の父は今、薬局が休みの日は弘貴のための街頭募金活動を、ボランティアの人たちと共にしている。
 母がさっき言っていたようにクラウドファンディングでも、渡米のための寄付金を集めていた。
(渡米してドナーが見つかっても、お金がなかったら……)
 Lineの通話の着信音が鳴る。
 また母親か? とうんざり気味でスマートフォンに表示されている名前を見ると、柊吾からだった。
「あ、赤坂さんこんばんは、すみませんご連絡しなくて、あの、紹介状届きました。大病院を紹介してくださって助かります。お礼が遅れてしまって本当にすみません、こちらから連絡しなくちゃいけなかったのに」
 由眞が恐縮していると、柊吾が明るい声で言う。
『ツテだから気にしないで、僕は大したことしてないよ』
「……そんなことないですよ。本当に助かりました」
『どうかした?』
「え?」
 突然聞かれてどきりとする。
『なんだか、元気がなさそうな声だから』
 柊吾に心配されるほど、そんなに今の自分は、弱った感じになっているのだろうか?
 確かに、少し、母と話したせいで疲れてはいるけれども。
「いえいえ、何もないですよ、ただ、びっくりしているだけで」
『びっくり?』
「こんな私が、大学病院に就職だなんて……」
『こんな……って、履歴書僕も見せてもらったけど、T大学薬学部卒業しているじゃない。凄いことだよ。それに大学病院の調剤課って言っても、普通の調剤薬局とそんなに変わらないよ。逆に大学病院ならではの、ちょっとめんどくさいことも多いかもしれないけど、合わなそうだと思ったら、辞めちゃっていいからね』
「紹介していただいたのに、そんな無責任なことできないです。弘貴も−−−−」
 言いかけて由眞は口を閉じた。
『弘貴くんに何かあった?』
「ええ、渡米することが決まったんですよ」
『へぇ、それは良かったね』
「はい。皆さんの募金のおかげで」
『そうか』
「――――あ、あと引越屋の件ですけど、安すぎじゃないですか?」
『だから、安いところを紹介するって言ったじゃないか』
 実は実際の見積もりの4/5の代金は柊吾のところに回すよう、彼が引越屋に言ってあった。
「そうですけど……なんか、本当にお世話になりっぱなしで、すみません」
『構わないよ。これぐらい』
「……嬉しいんですけど……なんていうか……」
『遠慮している場合でもないでしょ? 穂村さんのこと、助けたいんでしょう? 僕だって、穂村さんには早く元気になってもらいたいし』
「はい。あの、その後、お婆ちゃんの具合、どうですか? 本人に聞いても大丈夫としか言わないから」
『そうだねぇ……僕もちらっとしか聞いてないんだけど、まだ検査入院は続きそう』
「皆子伯母さんも、どうですか? 自分の方の仕事を休んで、レストランの仕事をしてるって、継彦くんから聞きました」
『レストランのほうは、今はメニューを減らしたり、営業日を変えたりしてなんとかやっているみたいだけど……。大変は大変だろうね』
「……そうですか、なんだか……もどかしいです。私が行ったところで、結局、つきっきりでレストランの仕事ができるわけでもないので……」
『由眞ちゃんはやれることをやればいいんだよ。小さいことのつもりでも、積もり積もれば大きなものになっていくから。きっと』
 今は由眞にとって、柊吾の言葉は大きな励みになった。
「……ありがとうございます」
『うん、楽しみに待っているから。由眞ちゃんが松島に来るのを』
(た、楽しみに???)
 由眞の心臓がどきんと跳ねる。
 他意などない、彼は少し……いやだいぶ、他人との距離が近い人なのだ。と由眞は思うようにした。
「は、はい……えっと……その、ありがとうございます」
『それじゃあ、またね』
「はい"また"」
 そう言って着信を終えた。
 柊吾の声や話し方は、ほっとするものがある。母と話してイライラしていたが、そのイライラ感もすっかりなくなった。
(こんなんじゃ、駄目なのに)
 柊吾は頼ってはいけない相手だとわかっているのに、運命がそうしろと言わんばかりに、彼の方に感情が流されていく。
 どうして神様は、自分にばかり試練を与えてくるのだろうか。
 流されていく感情はどこまでも心地良い。だからその流れに溺れてしまいたくなる。
(そういえば、今期がラストフライトって言ってたから、私が松島に行っても、すぐにお別れね)
 本来そのほうがいいはずだった。
 自衛官の危険な訓練や任務のことを思えば、自分が近寄ってはいけない人物だ。
 テーブルの上に置いてあった鍵を持ち上げる。
 ちりんと鈴の音が鳴った。
 ブルーインパルスに乗った赤いリボンの猫が、笑ったように見える。
 お財布につけていたキーホルダーを、鍵に付け替えたのだ。
 柊吾と同じ様に。
(はぁ……なんだかなぁ)
 経験したことのない胸の痛みに襲われて、由眞は深々とため息をつくしかなかった。

 

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